教授より挨拶
Greeting

教授より挨拶

地域に根ざし、世界に伸びる。

磯 博康

私の研究テーマは一貫して、循環器疾患を始めとする生活習慣病の疫学と予防です。地域住民における疫学調査、特に長期的な追跡研究、介入研究を行い、日本人の循環器疾患の危険因子に関する新しいエビデンスの構築、予防対策の医学的・医療経済学的評価を行ってきました。

主な対策地域は大阪府八尾市南高安地区(人口2万3千人)、秋田県井川町(6千人)、茨城県筑西市協和地区(1万7千人)で、大阪府立健康科学センター(前:大阪府立成人病センター集団検診部)と共同して、生活習慣病予防と疫学研究を進めています。

八尾市南高安地区では、1963年に住民の自主組織である成人病予防会が結成され、住民とともに健診の受診勧奨、結果説明会の実施、会報の編集、料理講習会、歩く会等を毎年実施しています。脳卒中の発症率は1960年代に比べて最近は40~69歳男女とも半減し、70歳以上男性で約5分の1、女性で約3分の1に低下しました。

秋田県井川町では、1963年に町ぐるみで脳卒中予防を進める体制を町、医師会、地区組織、保健所等と組織し、健診とその後の保健指導を中心とする強力な高血圧管理を推し進めました。その結果、同じ秋田県の対照地区と比べて、健康診断の受診率が高率を維持し、血圧値の平均値や高血圧者の頻度がより大きく低下し、脳卒中発症率も男性において75%減少がみられ、対照地区の29%の減少に比べ明らかに大きいことが示されました。

茨城県筑西市協和地区では、1982年より高血圧自体の予防により重点を置いた対策を、町、医師会、地域住民組織、学校・教育委員会、食品協会、保健所、茨城県総合健診協会と協力して進めています。活動の中心は地域住民全員を対象とした健康教育キャンペーン(減塩と栄養のバランスを強調、一次予防)、健診による高血圧者の早期把握と必要な人の地元医療機関への受診勧奨と追跡並びに健康教育(一次・二次予防)、医師会の連携による脳卒中の救命医療システムの整備(二次予防)、地域ケアシステムの導入による要介護脳卒中患者の地域でのケア・再発予防(三次予防)です。20年間の対策において、住民の塩分摂取量の低下、降圧剤による高血圧コントロールの改善、服薬以外による血圧値の低下、脳卒中の発 症率並びに脳卒中による寝たきり有病率の40%減少、近接地域と比較した医療費の5%の上昇抑制(国保医療費の5%の上昇抑制:年間8500万円の抑制)が認められました。

昨今、保健・医療・福祉の連携が叫ばれていますが、これらの生活習慣病予防対策は数少ないモデルの例と言えます。わが国は、世界に類をみない高齢社会を迎え、公衆衛生学的にも日常臨床においても、生活習慣病の予防・管理の重要性が益々高まっています。生活習慣病の予防や疫学研究は息の長い仕事であり、その研究には、公衆衛生学の良き伝統の継続ともに新しい研究の導入・実践という両面が必要とされます。わたしは、ミネソタ大学の公衆衛生・疫学部門に2年間留学、ハーバード大学医学部チャニング研究所での1年間の研究を行い、現在も共同研究を続けながら、疫学の基礎と応用を行き来しています。海外の疫学に精通し、その手法を高めることは大切ですが、最終的には日本での継続的な予防活動と研究が根底となることは言うまでもありません。

今後は、これまでの生活習慣病の発症要因の研究、実践的な予防対策の拡充を図りながら、単一の疾患の予防のみならず、高齢化社会を迎えて如何に元気で長生きするか、大都市の健康問題で見られるような健康水準の格差にいかに対処してゆくか、「健康の疫学」についての研究が重要と考えます。そのための社会心理経済要因、身体要因、遺伝要因、生活習慣に関して、包括的な研究を進めていく必要があります。当然、医学をはじめ、保健学、看護学、栄養学、薬学、社会学、心理学、行動学、工学、経済学、コミュニケーション学等、様々な領域の共同作業が必要となりますし、そのためには、様々なバックグランドからの大学院生、研究生、研究員の参加が重要です。

大阪大学のモットーは「地域に根ざし、世界に伸びる」です。大阪府等の行政機関、保健所、大阪府立健康科学センター、大阪府立成人病センター、大阪府立衛生研究所等との連携を深めながら、公衆衛生の実践活動、研究、教育を進めてゆきます。

21世紀はゲノム医学、再生医学、予防医学の時代といわれています。まだまだ開発途上の分野ですが、だからこそやりがいのある分野といえます。公衆衛生学、予防医学に興味のある方はいつでも連絡ください。

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